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【漫画】『キャッチャー・イン・ザ・ライム』を読んで、はじめて少しだけラップをする

■あらすじと設定紹介

近年より一層、広がりを見せるヒップホップ。そんなヒップホップ(ラップ)を題材にした漫画が本作『キャッチャー・イン・ザ・ライム』だ。
フリースタイルダンジョン』の初代ラスボス般若さんと二代目ラスボスのR-指定さん(Creepy Nuts)が監修をしている。


女子高に通う少女たちがラップバトル部を舞台に、ヒップホップネタを織り交ぜた青春ストーリー。


少し控えめで自分を変えたいと考える主人公、高辻皐月。
入学初日の自己紹介の言葉につまり自己嫌悪する。
そんな彼女が偶然見たのは、部員勧誘のためMCバトルを披露していた杏と蓮の姿だった。

 

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キャッチャー・イン・ザ・ライム』1話より


初めてみるバトル、口汚く相手を罵る言葉や皮肉に戸惑いながらも、皐月は自由に活き活きと言葉を繰り出す彼女たちを「羨ましい」と感じ、ラップの世界に足を踏み入れる。

 

基本的には女子高生同士のゆるい日常にギャグテイスを加えつつ物語は進行していく(シリアスな部分も勿論ある)。
ヒップホップに詳しくない人のために、どこで韻を踏んでいるのか分かりやすく太字になっていたり、用語解説、ラップの基本情報なども挟まれるので、敷居は決して高くない。なので女子高生の日常系漫画として、このジャンルに抵抗がなければすんなり読めるだろう。

 

偶然手に入れた踏み出す勇気

 

口下手な皐月は蓮や杏を羨ましく思っていたが、そんな皐月に杏が「昔から、何でも口にしてしまい人間関係が円滑でなかった蓮にとって、本音を肯定してくれたラップが救いだった」と告げる。
二人の傍で「何かになりたいためのHIPHOPじゃねえ、隠してる自分の何かを晒せ」とラップする蓮の言葉が皐月に突き刺さる。
そして、同級生から名前を覚えていない事に軽いショックをうける皐月に対し、蓮が「そんなに名前憶えてほしいなら…今ここで叫んでやればいいじゃん。黙って待ってるだけの奴なんか、私だって興味ないね」と皐月の背中を押し、生徒たちの前でラップをはじめる。

 

 

「高辻皐月!昂り隠し!ただ過ぎ去る日!」
マイクリレーがはじまり、杏も加わる。
「高辻皐月!殻突き破り!探すひたむき!」
二人から渡されたバトンを受け、皐月は声と言葉を振り絞る。
「たかつじ…さつき…やばすぎ…やる気…!」
「荒ぶりまくり!」
「変わる気あるし!」
「昂ぶり熱い!」
「鳴らす雷!」
「風向きは無視!」
「まばゆい明日に!私の名前は…高辻皐月!!」

 

 

皐月の言葉は元から彼女の中にあった言葉だ。彼女は元から自分を表現する言葉も、自分の態度を示す言葉も持っていた。何も変わってはいない、変わったのは彼女の気持ちであり、踏み出す勇気を持った事だ。

それは他人から見れば些細な事かもしれない、人前で突然、自分の名前を使ってラップをするなんて黒歴史になりかねない馬鹿げた行為だと笑われるかもしれない、だが、皐月はラップというフォーマットと、二人の後押しによって偶然にも踏み出す勇気を手に入れた。いや、勇気というよりその場の流れにのっかってしまい感情の昂ぶりのまま、といった方が適切かもしれない。

だが、そんな事はどうだっていい。皐月が踏み出した一歩である事に変わりはなく、現実でも踏み出す勇気なんてものは、こんな風に発揮される場合があり泥臭いものだ。

 

言葉はその人そのもの

 

 

個人的にこの漫画で一番興味深く感じたのは、「今の言葉が、今のその人自身であるという事」だ。例えば、下記のやり取りを見てほしい。これは上記の三人のラップシーンより前の話だ。

 

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キャッチャー・イン・ザ・ライム』1話より

杏は「アンズ、ダンス、チャンス」と明るいイメージの言葉で韻を踏んでいるのに対し、皐月は「さつき、爆死、マムシ、マズい、寒い」と暗いイメージの言葉で韻を踏む。
蓮から「やっぱ根暗じゃーん」と突っ込まれ、涙目になる皐月というページだ。
これは韻の踏み方の技術的な解説をしつつ、キャラクターの差別化をはかり、尚且つギャグに落とし込みほのぼのとした笑いで終わる、要素がぎゅっと詰まったやりとりだ。


しかし、これはちょっとした解説ページではなく、もっとも本質を突いていると僕は考えている。

 

皐月は杏のように明るい言葉を知らないわけではない。では何故、彼女は暗いイメージの言葉でしか韻を踏めなかったのか?それは、その時点で彼女はそういった言葉しか、自分の中から拾い上げられなかったのだ。(念のためだが、決して暗い言葉が悪いわけではないし、暗い言葉を使うからその人が暗いという意味ではない。そういう言葉を選びがちな状態にあるという意味だ)

 

以前、小説家の朝吹真理子さんが対談で興味深い話をしていた。

 

自分が小説で書いているものが「美しい瞬間」の梱包だとは思わなくて、ただただ降りてくるイメージを追いかけている感じです。言語からすごく遠い光景だったり音楽のようなものが降りてくる。それにもっと近づきたいと思って言葉でアプローチしてつかまえようとする感じかな。
              ~中略~
自分自身はイメージと言葉をつなぐチューブのようなもの。人生をかけて、チューブとしての使命を私なりに全うしたいです。gendai.ismedia.jp

 

朝吹さんは、遠い光景や音楽の様な輪郭のはっきりしないもの(イメージ)を、言葉と繋ぐ事を使命とし、自らをチューブだと喩えているが、これは決して小説家だけでなく実は普遍的な人間の在り方そのものなのだと僕は考えている。
他人から認識される自分というイメージを言葉と繋ぐ事こそ、僕たちが毎日の当たり前のように繰り返してきた営みだ。


きつい言葉で自分を語れば、他人からは「怖い人」という認識の自分が生まれる。逆もまた然り。そして、言葉の海に沈んだ言葉たちは、決して同じ位置や深さにはない。皐月の中にも杏の様な言葉が沈んでいて、それが見えていても遠すぎて手が伸ばせなかった(伸ばそうとしなかった)


前記したようにマイクリレーをした時、皐月は自分で
「たかつじ…さつき…やばすぎ…やる気…!」とラップしている。
踏み出す勇気を持った彼女は「さつき、爆死、マムシ、マズい、寒い」とは韻を踏まない。「変わりたい自分のイメージ」を表現するために、言葉の海から、今まで見えていたのに手の届かなかった(手を伸ばそうとしなかった)言葉を懸命に拾い上げたのだ。

 

最後にちょっとだけ韻を踏んでみた

 

というわけで、折角なのでそんな皐月の姿をちょっとだけラップして終わりたいと思う。はじめてだから!はじめてだから!と強めに予防線張っとくからディスらないでほしい。

 

変わる準備

出来てる、とっくに

気づかないふり

辞めるなら、今のうち

騙したのは昨日の私

振り込む言葉、処分済み

映り込む姿、鏡の中に

立てるな中指

立てるなら親指

Like a 州知事

体沈めた言葉の海

あとは手、伸ばすのみ

 

 

我ながら酷い出来ですが今はこれが精いっぱい。中指あたりはライムスターのonce againの影響だろうなと思いつつ今日はこのへんで。I'll be back...

 


RHYMESTER 『ONCE AGAIN』

 

試し読み

 

キャッチャー・イン・ザ・ライム』は全二巻で、打ち切り気味に終わってしまったため、消化不良な部分が残ってしまっているが、こういった雰囲気が好きな人は楽しめるかもしれない。

下記の小学館サイトで試し読み可能なので気になった人はどうぞ。(下記リンクはアフィではないのでそのまま踏んでも大丈夫だが、気になる人は試し読みで検索すればすぐでてくるのでどうぞ)

 

csbs.shogakukan.co.jp

 
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